鳥ちゃんの「鳥居ト・ミー・ナイス」

夜中、PCの前でダラダラ過ごしているときに蹴ったか何かしたかで外付けHDDを載せていた台から落としてしまった。こんなの別に大したことではないよなと気にも止めず作業していたら、突然電源が落ちるようになり、あれよあれよと言う間に認識すらされなくなってしまった。中身の音楽データやLogicのプロジェクトファイル、その他もろもろが一瞬にして消え去った。

ものを無くす。データが消えてしまう。こういった喪失ほど精神に堪えるものはない。そこに死の影がちらつくからだろう。

言葉にするのも憚られる忌々しい虫がいる。かなりの知名度を誇るあの虫だ。フォルムやカラーリング、サイズ、そしてあの特徴的な動きの気持ち悪さは言うに及ばず、病気や事故、借金や生活苦、さらには死など、忌避すべきもののメタファーがカサコソとあたりをかけ回っているような感じがして大嫌いだ。本当に嫌だ。「コトブキ」という字面でさえ見るたびにぎょっとしてしまう。死と同様にあの生き物とはできれば関わらずに暮らしていきたい。

アイフォーンのブラウザでネットサーフィンをしていると濃厚で露悪的な内容のウェブ漫画の広告が表示されることがある。一度も読んだことがないからよくわからないがおそらく主人公の女性が素敵な男性と恋に落ちるが、その相手が実は筋金入りの変態野郎で、主人公は監禁された挙句、性奴隷にされ過酷な日々を送るといった内容だろう。絵柄も陰惨で暗くジメジメネットリしていて広告を見ただけで厭な気分になる。路上で車に轢かれた動物の死体を見てしまったときと同じような感情を抱いてしまうからやめてほしい。ここにも死の影がちらついている。

外付けHDDの故障によるデータの消失は、取り返しのつかないことに対する焦りや苛立ちとともに、もう保管しなくて良いんだ、おれは自由だという開放感も与えてくれる。なんとなくスッキリした気分もなくはない。けれどもやはり喪失感のほうが強いか。

江戸時代は外付けHDDなどなくても皆元気に生きていた。だから大丈夫。そんなよくわからない理屈で自分を納得させようとするが何の効果もない。

外付けHDDは分解してHDDだけ取り出してPCと接続してみて復旧できるかどうか試してみたいと思っている。

—-

8月ぐらいからちょくちょく走ってはいたが、2日に1回ぐらいのペースで走るようになったのは9月に入ってからのことだ。12月に入った今も続いているから、三ヶ月はランニングに取り組んだことになる。やはり三ヶ月も継続していると惰性になってきてモチベーションも下がる。始めの方は面倒くささに打ち克つというストーリーに乗っかっていれば楽だった。だがしかし、その先の段、つまり走ることが習慣となってしまった後は、ストーリーも何もなくただ繰り返し走っているだけで、今一盛り上がりに欠ける。別にフルマラソンを完走したいわけでもないし、市民マラソン大会に出場したいわけでもないから、目標もなくただ走っているだけの状態だ。NIKE風にいえば”Just Do It”か。そんな標語を掲げさえすれば、目標も目的もなくただ走るという行為はなかなかクールなことかもしれない。

やる気は皆無だがつい性で全力で物事に取り組んでしまう。そのような境地が理想といえば理想だ。例えばJBのバックバンドの面々やレッキングクルーと呼ばれる西海岸のスタジオミュージシャンなどのインタビューの様子を見ているとまさにそのような境地である。彼らを突き動かしているのはミュージシャンとしての矜持のみという感じがする。

—-

超能力者が登場する映画を観ていると、テレパシー能力を持つテレパスがまだ幼い頃に自分の特殊な能力に気づいておらず、常に他人の思考が幻聴のように頭に入り込んでくるという状況に苛まれ、強いストレスを感じてノイローゼになってしまうといった描写がある。自分の場合、視界の外からざわざわと話し声が聴こえてくるとあの描写のように頭を抱えて叫び出したくなってしまうほどストレスを感じる。映画と異なる部分といえば、聞こえる声が幻聴ではなく現実の話し声であることと自分が何の能力も使えないこと、この二点。

人が5人以上いる飲み会など気を抜くと他人がしている会話の内容がまるで頭に入って来なくなる。人の話し声がただの騒音に聞こえてしまうというカクテルパーティー効果の逆のことが起こる。頭を電子レンジに突っ込んでチンしているかのような感覚だ。けれども、そんなことをごちゃごちゃ言っていてもどうにもならない。気合を入れて生きていかなくてはならない。

—-

車を運転していないときは、車の運転が嫌いだ。なんだか安い広告コピーみたいで意味がよくわからないだろうからもう少し説明しよう。車を運転をしている最中は特段ストレスを感じないが、さあこれから車を運転しなきゃいけないぞとなると強いストレスを感じる。

車の運転自体、好きといえば好き。車も小学生の頃は好きだった。いけしゃあしゃあと古い外車を所有して乗り回したい気持ちもないわけではない。けれども自分が車を運転するということを客観的に見るとものすごい違和感を感じてしまう。気持ちが悪い。身の丈に合っていない気がする。だって車ってわりと大きいよ。

今回の人生においてはできれば免許を取らずにおきたかった。けれども、そんなことをごちゃごちゃ言っていてもどうにもならない。気合を入れて生きていかなくてはならない。生きていかなくちゃいけねぇ。

—-

amazonで注文したHDDとPCを直接つなぐケーブルが届いたので、早速外付けHDDを分解し、中身を取り出してPCと繋いでみると認識されたので喜んだのもつかの間、すぐにHDDの電源が落ちてしまい結局ぬか喜びで終わった。今度はHDDだけ購入しケースはケースとして引き続き使用しようと考えている。なんだかホッピーのようだ。壊れたHDDは深夜の公園で金属バットを用いてボコボコにしてやろう。