背中にマック・デマルコ、心はカジャグーグー

新年の挨拶もしないままに松の内を過ぎてしまいました。遅ればせながら、本年も何卒よろしくお願いいたします。

年始の吉田くんの地上波での活躍によって好調な滑り出しの我々トリプルファイヤーのライブ開きは1月7日の「ダムダム新年会 Zapping 2015」だった。この日、来日公演を控え既に東京入りをしているマック・デマルコが遊びに来るかもしれないという情報を得ていた。隙あらばCDにオートグラフを書いてもらおうかと思ったが、自分たちのライブに集中することが最もクールな振る舞いであると考え、控えた。出番前に用を済まそうとトイレの列に並んでいると、ステージ付近で佇んでいるマック・デマルコを見つけ、ジロジロと見ていたら目が合ってしまった。わあ!本物だあ!となっていると近づいてきて「トイレ待ってる?」と聞いてきたので、「イエス」と答えた。背中にマック・デマルコを存在を感じながら、「あなたの作る音楽のファンです」と言おうかどうか逡巡していたが、意気地が出ず。結局言えずじまいで済んでしまった。マック・デマルコが自分の後ろに並んでいるという状況はそれだけで味わい深くもあり得難い体験ではあったものの、私は今年も相変わらずカジャグーグーで何とも情けない。

高名な人を前にすると変に意識してしまいドキドキして萎縮してしまう。本当に小心者で嫌になってしまうが、同時にそれはそれで別にどうでも良いことであるような気もしている。

橋本治が山田風太郎と対談しないかという話をもちかけられたがそれは畏れ多いと思い断ったというエピソードを思い出す。これは「参加と参考」という話題の中で触れらたもので、曰く、世の中の人は参加したがるばかりで、ものごとを参考にして自分のものにしていくという大切なことをしなくなっている、と。大瀧詠一はサンボマスターの山口隆との対談で、「君の中に俺があるのなら、それを魂に入れて、俺が唸るようなやつを作ってよ」ということを言っていたけれど、英語でいうところの”respect”は、このようにして表されれば良いのではないかとどこかで思う心もある。別に本人に会って感動しました!などと言って完結させることは、それはそれで結構なことかもしれないが、一応、音楽に従事する者として、音楽で交歓できれば良いのではないかと思う。身の程知らずの考え方かもしれないが、そういうものだと思えてしまうのだから仕方がない。

それはそれとして、小心者問題は依然と立ちはだかる問題で、礼節を欠く程の人見知りや、人が気まずさを覚えるような態度は直さなくてはいけないなと思わされることは多い。思わされるだけだが。しかし、今年は社会の窓ぐらうがを開いていこうと思う。「あなたチャック開いてるよ」の一言から生まれるコミュニケーション。

今年の目標は他にもあってそれはギターの上達だ。だから久しぶりに教則本を買った。最初のページを開き、掌を重しにして折り目をつけると、気持ちが引き締まった。しかしこの1ページ目に折り目を入れるという行為は何と気持ちの良いことだろう。こんなに清々しいことってあるか。これだけでも2,000円分の価値は十分にあると思う。

 

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