等身大学自分発見学部

今年は週一回のペースでブログを更新すると宣言したものの、早くもその成就が危ぶまれている。

1日を3分割して、それぞれ、睡眠、労働、余暇にあてられたらそれが理想である。そうはいっても、現実はままならない。

昔、テレビを観ていたら、ある女子アナが「今一番欲しいものは何ですか?」という質問に「時間、ですかね」と答えていて、しゃらくっせぇことぉ言ってやがんなオイと思ったが、今そのような質問をされたら女子アナと同じように答えてしまうかもしれない。人間、余裕がなくなると面の皮が厚くなってしまうからいけない。

ままならない現実に対してまともにとり合おうとするのがそもそもの間違いなのかもしれない。肩すかし食らわすことが我々に残された唯一の抵抗手段であろう。いわゆるところのサボタージュだ。というわけで今回は手を抜いて昔書いたmixiの日記を再利用したいと思う。本当にしょうもない日記をリミックスアンドリマスターバージョンでお送りします。

等身大学自分発見学部
2010年02月06日 05:42

午後4時過ぎ、バイトの前に大学までレポートを提出しにいくと、提出期限が12時までだったために提出することが出来なかった。

そのレポートは、国際開発制度論という授業の課題で、「貧困削減戦略の成果と限界点について見解を述べよ」「アフリカのガバナンスにおける構造上の特性と課題について見解を述べよ」という問いに答えるものだった。その授業には割と真面目に出席していたので、ノートは取れていたし、レジュメ等の資料は揃っていたので、なんとかレポートを完成させることはできた。出来として大したものではなく、おそらくぎりぎり単位がもらえるかもらえないかというラインにあったかと思う。

そして、そんなレポートを携えて事務所に行くと提出期限を過ぎていたことが発覚したのだった。しかし、締め切りが12時というのはいかがなものか。午後5時頃が一般的な締め切りの時刻で、正午が締め切りというのは稀なことである。図書館の休館日が水曜日だったときのような違和感がある。普通に考えたら月曜が休館日だろう。

きちんと確認しなかった自分に非があるのは百も承知であるが、せっかく書き上げたレポートが提出できないなんてあまりにも不憫だ。そんな現実受け入れてたまるか。ええいままよ。といって医療法というまったく関係のない授業のレポートボックスにレポートを投函して、その場を立ち去った。

親切な職員の方がレポートを回収する際に、別の授業のものが混じっているのを発見して、本来提出すべきである教授の元に届けてくれることを期待したのだ。しかし、私は駅に向かって歩きながら居心地の悪さを感じていた。自責の念がムクムクと起き上がってきたのだ。

卑怯だろう。人の親切心につけ込んで。面倒だからと自ら教授に掛け合うなりなんなりせずに、他人に上手いことやってもらおうというその魂胆。根性が腐っている。2単位分の反省が必要だ。

翻って事務所へと急ぐ。バイトに遅刻してしまうかもしれない。その行動は賭けであった。

腹を決め、職員に「あの、レポートを、間違ったところに出してしまいまして」と告げると、意外にも職員は親切に対応してくれて、無事にレポートを回収することができた。

珍しく真面目に出席していた授業のレポートを睡眠時間を削って作成したにも関わらず、提出期限を間違えるという凡ミスを犯したうえに、悪巧みによって難を逃れようとするものの、良心の呵責に苛まれ結局提出しないで、バイトにも遅刻しかけるというこのエピソードは自分という人間を端的に表していると考えられる。

これさえ提出したら春休みが始まるというレポートを出しそびれて、私の春休みは始まったのだった。

 

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