ポルトガル語でゴルフィーニョ

今ではもうなくなってしまったが、地元に「マンモスプール」と呼ばれる市営の屋外プールがあった。人工的に発生させる波やウォータースライダーが売り物で、夏休みは家族連れや地元のこども達で大変賑わっていた。自宅から自転車を走らせて20分程度の所にあったこともあり、小学生の時分にはよく通ったもので、一学期の終業式に配られる5枚綴りの無料券は言うに及ばず、市の広報誌に付いた無料券を近所の人や親戚に貰っても容易に使いきってしまう程であった。

あるときプールでイルカの姿をした浮きを見て、あれで遊んだらさぞかし愉快だろうなと思い、買い物に付いていったときに親に強請って買ってもらった。その翌日、友達を誘ってさっそくマンモスプールへ向かった。

更衣室で海パンに着替えたら、幾重にも畳まれたイルカを広げ、足で踏んづけると空気が送り込まれる黄色いポンプを使って膨らませていった。ポンプが硬く、膨らませるのにも一苦労であったが、空気を注入するごとにイルカは段々とイルカらしい姿になっていく。そうこうしてついに自分の身長ばかしになったイルカを抱えると、友達とプールへ駆けていった。

水面にイルカを浮かべて、片方が跨り、もう片方の者がそれを押したりして楽しんだ。水を跳ね返すツルツルのビニールの肌に指が擦れる音を聞いて、波に揺られているとなかなかに心地良いものであった。

すると突然、5、6人の男たちがわあきゃあ叫びながらこちらへ駆け寄るやいなや我々とイルカに襲いかかってきた。男たちは「トルゴーレトルゴーレ!」と訳のわからぬことを口走っており、笑みで顔をくしゃくしゃにして心から愉快といった風情であった。歳は我々とそう変わらないように見える。皆よく日に焼けていていかにも活発そうだ。どうやら南米系の少年たちであるらしい。

「彼奴らイルカを奪うつもりでいる」状況を飲み込むと我々は賊に対して必死に応戦した。その間中「トルゴーレトルゴーレ!」という叫び声は間断なくこだましていた。

最初は洒落のつもりだったのかもしれない。しかしあまりにもしつこい。賊の一人などは私の腕を掴んでイルカから引っぺがそうとしてくる。エスカレートする賊の行為に、こちらも段々と腹が立ってきてそれまで必死にしがみついていたイルカの頭を使って近くにいた奴の頭にぶつけてやった。一遍ばかしじゃ足りんと何度も何度も打ち付けた。そうすると賊の行為もヴァイオレンス色を帯び始め、自ずと表情も険しくなった。イルカをめぐる攻防はちょっとした乱闘の様相を呈してきた。もはや「トルゴーレ!」を口にする者はいない。

多勢に無勢じゃ分が悪い。ここいらで退散することにし、行こ!と友だちに声をかけ、イルカを抱え込んで水から上がることにした。最終的には軽い張り手やパンチ、キックなどのリトル暴力行為の応酬があったような気もする。賊の罵声を背に、我々はイルカを抱え更衣室へと向かった。すると背中に何か硬いものが当たった。振り向くと傍らに緑がかったスケルトンカラーのプラスチック製水鉄砲があるのが目に入った。賊の一人が持っていたものだ。それを拾いあげると、賊のいる反対の方向へ思いっきり投げてやった。ざまあみやがれと思う反面どこか後味も悪かった。水鉄砲を遠くに投げられて賊の罵声はより一層激しくなったが、意味はちっともわからないままだ。

「あいつらなんて言ってた?」
「なんかトルゴーレとか言ってたよね?」
「トルゴーレ!」
「トルゴーレトルゴーレ!」

楽しいはずだったイルカのプールデビューも散々な目に遭い、すっかり興が醒めてしまった我々二人はとりあえずイルカを萎ますことにした。地面に置いたイルカに各々体重をかけて空気を抜いていると、友だちがロッカーの下に光るものを見つけた。暗がりを覗きこむとそこには何枚か100円が落ちていた。こりゃしめた。イルカに覆いかぶさって空気を抜くふりをしながら手を伸ばして一枚一枚回収していった。移動しない手はないぜと、中途半端な形状のイルカを抱えて別のロッカーの列に移動し、同じことを繰り返した。あんまりやっても更衣室担当の監視員に怪しまれるかと思い、イルカの空気が抜けきったところでやめた。しめて700円を手に入れた。そのうちの100円をロッカー代に充て、イルカはぞんざいにしまって、再びプールへ向かった。しかしウォータースライダーなどしてもいまいち盛り上がらないので我々は帰ることにした。

拾った金を山分けして帰りに売店でフライドポテトを買って食べた。イルカはその日以来一度も空気を入れられていない。

 

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