どうしようもない恋の日記 Part3

線路の上をとぼとぼ歩いていたら背後から急に電車が来たことに驚いて、カッとなり、あぶねぇなこの野郎と怒ることがあまりないのは、やはり線路内に立ち入ったこちらが悪いという意識があるから、というよりも、そもそも普段より線路の上を歩いたりしないからだ。しかし、例えば、早稲田通りを自転車で走っているときに背後からやってきた都営バスがスピードを出して、袖に触れそうな程近くを通り過ぎて行ったりすると都営だからって偉そうに運転するな!と怒ることはある。人の多い駅前通りをベンツやBMWといった購入するのに多額の費用を要する自動車が荒い運転で無理やり通行人をどかして走っているのを見ると高いからって偉そうに運転するな!と怒ることもある。アルマーニのスーツを着た人が人混みの中で他人を蹴散らしながら走っている所は一度も見たことはないが、仮にそういう場面に出くわしたときに高級スーツだからって偉そうに走るな!と思うかどうかは定かではない。大体、すれ違う人の着ているスーツをあれは高級、あれは安物、といちいち判別する能力がない。とは言ったものの、目を凝らして見れば案外それはわかってしまうものかもしれない。今まで意識しなかっただけで、シルエットや、生地のきめ細かさ、光沢、風合いなどから素人目に見てもそれが高級かどうか見分けがつくように思える。そうでなくては高級であることの存在意義がない。こういうことを言うと、いや、”タグ”にしかその価値はないよ、製品そのものはそこらの安物と違いはないさ、と気の利いた風のことを返す人もいるだろう。そういう人は「無印良品ももはやブランド化している」みたいなことを言うのが大好きだし、工夫を凝らしてカレーを作ることをライフワークとする人たちが集まって、玉ねぎは飴色になるまで炒める、ローリエは絶対使う、インスタントコーヒー、チョコレート、ヨーグルト、バナナ、胃薬を隠し味に使ってみたり、でもまあ結局、ガラムマサラってところあるよね、などとを得意になって散々話して皆満足気な笑みを浮かべている段になって、突然口を開いたかと思うと、いやでもルーの箱の裏に書かれている説明通りに作ったカレーが一番美味しいらしいけどね、などというNHKから得た情報を披露し水を差すことも忘れない。

ところで、自動車を正面から見ると顔のように見える。心霊現象を扱ったテレビ番組に出演していた人がフリップに、黒丸を3つ、正三角形を逆さにしたときに角にあたる部分に描いて、これ、人の顔に見えませんか、心霊写真ってそういうものなんですよ、というような講釈していたのを思い出す。あれはたしかテリー伊藤ではなかったか。テリー伊藤ではなかったかもしれない。細かい所は覚えていない。しかしテリー伊藤なら言いそうなことだ。いかにもテリーって感じ。あんまりテリー伊藤のことをテリーって呼ばないけど…

自動車以外にも正面から見ると顔に見えるものがある。電車がまさにそれに該当する。機関車はそうでもない。機関車を指さして、あ、ほらほら、のっぺらぼうと言う子どもがいたら、おそらくそれは機関車トーマスの影響によるものである。確かに機関車トーマスに登場する色々な乗り物には顔がついているし、そこに混じって顔のない機関車、というより現実世界の一般的な機関車が登場したらすこぶる異様で、恐ろしく感じられることだろう。しかし本物の機関車とはそういうものであって、元々顔なんてついていないのだ。夢がないことを言うようだけど。

西武鉄道の新しい車両は正面から見たときに虫の顔のように見える。虫が苦手だからあまり見ていていい気分はしない。虫は、血を吸ったり痒くしたり巣を張ったり耳元で高速で翅を高速でばたつかせて不快な音を発したり野菜を食ったり毒で攻撃したりして人の嫌がることばかりする。しかもそれらの行為をポーカーフェイスで行う。薄気味の悪いものどもである。西武鉄道の新しい車両もポーカーフェイスで不審な所もないわけではないが、今のところは運んでくれたりして人の役に立つことをしてくれている。それでも私はあの車両のことを信頼してはいない。

おまえはそうやって虫を悪く言うけどな、それは人間側の身勝手な見方ではないか、と自分で自分に問いかけてみたりも一応はする。念の為に。もしも近い将来、人類と、地下世界で独自の進化を遂げた高度な知能を有した虫とが手を結ばずには地球滅亡を免れないという局面に陥ったりしたら?そういう状況を迎えたとしても、虫と仲良くやっていく自信はあまりない。そこんとこハヤオはどう思うワケ?

以上、ヤザワでした。ヨロシク。

 

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