許すな!人工甘味料

小二ぐらいまでお腹が減るということがどういうことなのかわからなかった。給食の時間が近づき、誰かが「あー腹減ったー!」などと言い出す度になんだそれは?と思っていた。ある日、腹に違和感がありすぐさまピンときた。これがお腹が減るということなのかと。体育の授業が終わり、三の門付近の奇数学年が使う昇降口前の手洗い場のそばを歩いていたときのことだ。たしか曇り空の日だった。

この歳になってよくよく考えるとそれがどういうことなのかわからないものがある。美味しいということだ。ただよく考えなければわかるような気もする。カレーは美味しい。しかし美味しいカレーはわからない。けれども美味しくないカレーはわかる。となると美味しいとはまずくないことを言うのか。それではあまりに色気がなくはないか。仮に女の子と食事をする機会があったとして、イタリアンか何かを食べるとする。運ばれてきたパスタを一口食べて、「うん、まずくないね、これ!」などと言ったらその子はどんな顔をするだろう。

一言で言って味音痴な自分にも、口にすると嬉しくなるものが何個かある。油と塩と砂糖だ。もちろんこれらをダイレクトに口に入れて「うひゃあ、たまんねぇ」と言って、多幸感に満ちた台所で涎を垂らし恍惚としているわけではない。それらがふんだんに使われた調理済みの食べ物または飲み物が大好きなのだ。なのだ!と胸を張って言うことでもないけれど、それだけは確実なことだから仕方ない。

で、砂糖。天使の白い粉。砂糖礼賛。アメリカ人風に言えば、Sugar rules!しかし気づけば甘み界隈にも悪貨なんとやらの由々しき問題が発生している。いつからなのかはわからないが不届きな砂糖の紛い物が世に蔓延っているではないか。 アセスルファムカリウムやらスクラロース、クロポトキンとかポチョムキンとかなんとかよくしらん。清涼飲料水、炭酸飲料水、缶コーヒーによく使われているあれだ。甘くないからと言って油断してスナック菓子を買うとかなりの割合で使われてるので驚く。

何がイヤってあの妙な後味。山椒を食べた後に舌がピリピリスースーするのに似た感じと言えばいいか。あのピリピリスースーには人を現世に引きとめようとする力が働いていて、天国まで導いてはくれない。チラ見程度で終わりだ。あんまり幸福になると後がつらいよと言われているような気になる。だいたいカロリーオフだの何だの余計なお世話で、そういうのはこっちで勝手に総量で調整するからほっとけよと思う。連れてけよ天国、と思う。

しかし偽砂糖だけには舌が敏感に働くのは奇妙といえば奇妙だ。砂糖を欲する気持ちゆえか。

世の中にはバタ臭いものに対して鼻が利く人がいる。舶来品好きだとこういう人とよく喧嘩になる。自分の人工甘味料及び合成甘味料に敏感な舌みたいなもんかと考えてみると、少し冷静になれる気がするが、それはまた別のお話。

 

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