冷房闘争と打ち水

街に冷房がつき始めて数日が過ぎた。毎年のことではあるけれど、どこもかしこも冷房を効かせすぎだと思う。喫茶店などに入っても寒くて長居ができない。回転率を上げるための策略かと勘ぐってしまう。だいたいどこも何か一枚羽織ってちょうど良い温度に設定されている。今日はカーディガンを一枚鞄に入れて出かけた。建物に入るとやはり寒く、くしゃみ鼻水が止まらない。そこでカーディガンを羽織った。嗚呼、フェミニン。

冷房がガンガン効いた部屋で平気でいられる人はワイルドだと思う。 冷房ひとつとってみても、世の趨勢はワイルドが優っているように感じる。雨の日でも傘をささない人、ハンカチを持ち歩かない人、そもそも手を洗わない人、酔っ払って道端に寝る人、コンクリートを齧る人、塩もふらず虫を食べる人、我々はそういう人らに囲まれて暮らしている。冷房の温度設定も自ずとワイルド仕様になろう。

例えばスギちゃんといった極端なワイルドが世の中を牽引することで中間層のワイルド値が底上げされる。いわゆる「ワ傾化」というものである。一頃、草食系男子という言葉が流行していた。これは草食系男子が増殖していたわけではなく、ワイルド寄りの世の中において相対的に目立っていただけの話だ。中間ワイルドが世の主流になったために冷房の温度も低くなったのだ。

ワイルドの特質のひとつに無頓着であることが挙げられる。しかし中間ワイルドには多分に神経症的な向きがある。ワイルドでなくてはいけないという強迫観念がどこかでつきまとっているように見える。だから多少寒くても冷房はできる限り低く設定しなければならない。そうなるとリモコンを巡る主導権争いも生まれる。リモコン闘争による治安の紊乱を危惧した体制は「エコ」を名目として「冷房は28度に設定しましょう」という御触れを発した。しかし現場からは不満の声が続出である。そのガス抜きとして提唱されたのがクールビズだ。闘争に身を投じるか、アロハを着るか、カーディガンを羽織るか、我々は今選択を迫られている。

昨年の夏、我が家のエアコンから水が漏れるようになった。エアコンがエコに色気出しやがって打ち水大作戦ときたからいい気なもんである。おかげでエアコンの下に置いてあった雑誌は河原に捨てられたエロ本のような有様になってしまった。ポタッポタとかピチョンピチョンとか音がすれば気づくものだが、壁伝いに静かに流れるので気づいたときにはもう遅い。室内に水たまりができていた。業者を呼んだり不動産屋に連絡するのも億劫だったので応急処置としてちり紙とガムテープで経路を作り、バケツに水が溜まるようにした。そのときの写真が左の画像だ。なんとも情けない有様である。エレガントとは程遠い。しかし見た目以上に水漏れのペースが速いのが問題であった。こまめに捨てないといけなかった。何の節約になるかは知らないが、トイレのタンクに水を捨てるようにした。これが非常に面倒だった。何より気になって仕方がなく、インターネット活動にもいまいち身が入らない。何か対策を打たなければいけなかった。

家にはもうひとつ大きいサイズのバケツがあったのでそちらに貯めることを考えた。上の画像では見切れているが、バケツの下にあるものはブックシェルフスピーカーだ。この上に大きいバケツを置くのはサイズを見るに心もとない。そこで経路を拡張し床に設置したバケツまで届くように工夫した。それが右の画像である。 ダンボールを細く切って谷折りにしたものを何本か繋げ、上からガムテープを貼りウォータープルーフ仕様にした。この排水システムが完成したのは夏の暮であった。1週間もしないうちにお役御免となった。それから模様替えをしてかつてスピーカーが位置した場所には本が山積みとなっている。今年の夏も水漏れが起きたら大惨事となってしまう。根本的な解決策として、エアコンをつけずに夏を乗り切るか、引っ越すか、我々は今選択を迫られている。

 

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